実行委員会・委員長
山内敏正

臨床研究者育成プログラムのご紹介

皆さんは医学生であるか、あるいは臨床研修中の研修医の方々がほとんどだと思います。臨床研究者育成プログラムは、MD研究者育成プログラムと並んで、本学部における研究者・研究医育成教育を充実させるプログラムの一つとして2010年にスタートしました。本プログラムの目的は、皆さんに医学・医療における研究の必要性・重要性を知ってもらい、臨床研究者としての考え方の基礎を身につけていただくことであり、レクチャーシリーズとそれぞれの研究領域の臨床研究個別プロジェクトコースから構成されています。

中には「研究」というと「私は患者さんを診たいのであって、研究者になりたいわけではない」と考える方、あるいは「研究に携わる時間があるのであれば、診療に携わるべきだ」と考える方もいらっしゃるかもしれません。それでは臨床現場に立つ医師には研究は不要なのでしょうか?

次のような例を考えてみてください。

Y医師は3年目の内科医です。外来ではたくさんの糖尿病のある方に対して、合併症抑制を目的にHbA1cを7%未満にマネジメントすることを目標に食事・運動・薬物療法を行っています。ある患者さんから「自分の父も祖父も糖尿病があり、少々血糖マネジメントが思わしくなかったが、腎臓は全く悪くならなかった。自分もHbA1cを7%未満にマネジメントする必要はないのではないでしょうか?」と聞かれて、困りました。
現在、我が国における新規透析導入の原疾患で最も多いのは年間1万6千例の糖尿病性腎症で全体の40%を越えています。糖尿病合併症の発症・進展はHbA1cを7%未満にマネジメントすることで抑制できることが明らかにされています。一方で、同じ血糖マネジメント状況であっても、約半数の方が腎症から守られており、遺伝因子の寄与が想定されているものの、未だ同定されていません。
腎症発症から防御する遺伝因子をゲノム解析研究によって同定することができれば、これを有さない方は従来通りの血糖マネジメントを行うのに対し、腎症防御遺伝因子を有する方は、臨床研究による実証が必要ですが、血糖マネジメントの目標値を緩められる可能性があり、希望される方にとってはQOLの改善にも繋がり得ます。さらに同定した遺伝因子による腎症防御メカニズムを基礎研究によって解明することが出来れば、分子標的薬の開発に繋がる可能性もあります。

現在の医学・医療が完全なものではない以上、臨床の現場に立てば立つほど、疑問・課題は増えていくはずで、それらを解明・解決する方法は、基礎・臨床・社会医学を統合した疾患研究・患者研究・トランスレーショナルリサーチをはじめとした研究しかありません。今現在分かっていることの最善を目の前のそれぞれの方々に最適に当てはめて予防・診断・治療する臨床に全力を尽くすことは勿論、明日の医学・医療を切り拓く研究も、直接は診ることができない方々の健康長寿にも寄与し、どちらもが車の両輪として、かけがえのない尊い使命ですので、誇りを持って果たしていただきたいと祈念しています。

どのようにして疑問や課題をリサーチクエスチョンへと昇華させていくか、どのような研究デザインを構築すればよいかなど、研究を上手に行うためにはある程度のノウハウが必要です。本プログラムでは、皆さんにそのような臨床研究者としてのノウハウを身につける機会を提供していきたいと考えています。

本プログラムが対象とする方は学部学生と臨床研修医です。主としてM3以降の学生を対象としますが、M1-2の学生の参加も自由です。レクチャーシリーズは学内外の講師による最先端の医療・医学についての講演です。学外の研修医の方の参加も自由です。臨床研究個別プロジェクトコースは、それぞれの研究領域を推進している複数の臨床科・部・センター・教室や講座の教員で構成するコンソーシアムが担当します。それぞれのコンソーシアムから提案いただいた様々な研究の中から、皆さんの興味のあるテーマを選んで、指導を受けながら研究に取り組んでいただきます。内容はそれぞれのホームページをご覧下さい。臨床研究個別プロジェクトコースは登録制です。特に学外の病院の方は、それぞれのコースの責任者とご相談下さい。これは特に患者さんの情報に触れる可能性がある為の配慮です。頑張った方々には、合同の研究報告会での発表や医学部長賞等の贈呈、各学会への参加補助などの奨学金も予定されています。

本プログラムは決して完成したものではありません。皆さんのニーズや医療・医学の変革を先取りできるよう活発な議論と工夫で、本プログラムをさらに充実した実りあるものにしていきたいと思っています。ご協力のほど、よろしくお願い申し上げます。

2023年

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